【障害学入門】”障害”は資本主義によって出来ている?障害の捉え方と社会の変化

留学・ライフスタイル

こんにちは、かなこ(@MinmachiBuho)です。

いよいよリーズ大学での障害学コースが本格的に始まってきました!

知識の整理+深化のためにどんどんアウトプットをしていきます。今回は障害に対する捉え方と、近代化の影響です

なかむら
かなこ

課題が忙しくなったら続かないかもしれないけど…出来る限りやってみます

イギリスにおける近代化と”障害”の捉え方

障害とは、いつの時代も変わらないものでしょうか?それとも社会の在り方とともに変化してきているものでしょうか?

イギリスでは19世紀前後から産業革命がはじまり、労働体系が変わったことで障害者に対する捉え方が大きく変わりました。

産業革命により大きく変化した点として

  • 労働の画一化による大量生産
  • 移動手段の発達による工場による集中労働

が挙げられます。今までは酪農やものづくりといった、自宅ベース、家族ベースでの労働であったものが、経営者―労働者という関係のもと、現在我々が行っているような労働体系へと変わっていったのですね。

その中で生じた重要なポイントが生産性です。

労働が画一化されているため、一定レベルの業務を一定の質・スピードにて遂行することが出来る能力(Productivity=生産性)がある者が労働者として必要とされるようになりました。心身の機能障害によりその一定水準を満たせない市民に対して障害者としてのラベリングを行い、施設に収容・隔離するなどの措置をとるように変化していったのです(その措置は社会的ケアなどの形をとっています)。

 

日本における”障害者”の位置づけ

では、日本ではどうだったのか?という点を考えてみましょう。

時はさかのぼり、古事記におけるイザナミ・イザナギの話になります。二人の神が国生みを行う際、一番最初に間違った方法(女性から男性に声をかけた)を取ってしまったために、身体のくにゃんくにゃんの子が生まれてきたそうです。この子どもを”ヒルコ”といいます。この子どもは”間違った”結果のため、船に乗せ捨てられてしまったそうです。

イザナキとイザナミ<第二章>国生み - 編纂1300年を迎えた【古事記の神話】

後にヒルコは恵比寿神となって帰ってくるのですが、実はこの子どもはダウン症であった(もしくは脳性麻痺であった)という説があるんです。

恵比寿様のイラスト

なかむら
かなこ

確か表情もダウン症の面影が…

以前の日本では、ダウン症の子どもが生まれるとその家は栄えるといわれ重宝されていた時代もあり(座敷わらしはダウン症の子どもという説もあります)、容姿が異なることや身体障害・知的障害があること自体は比較的受け入れられていたものと考えられます。

もちろん今よりも医療が発展していなかったため、形成外科処置も出来ないことから外見が大きく異なる人も多かったのではないかとも予想できます。いい意味で慣れていたのかもしれません。

 

産業化と、続く偏見

その後、日本でも欧米に遅れ産業化・近代化の波がやってきます。前述したように、日本でも同様に産業化・近代化によって労働の変化が生じます。教育自体にも変革があり、特殊教育というものが始まるのもその頃です。さらに戦争による徴兵制度もあいまって、障害があることにより一端の義務を果たせないというレッテルを張られるようになっていきます。

日本においてもイギリスと同様隔離政策がとられるようになり、障害者は山深い地域の大きな施設に集められ世話をされるような仕組みとなりました。さらに皆さんご存知のように、その状況は今でも強く続いています。