障害とは何か?障害の社会モデルについてわかりやすく解説②

インクルーシブ

こんにちは、かなこ(@MinmachiBuho)です。

前回障害の個人モデル・社会モデルについて解説していきました。

障害とは何か?障害の社会モデルについてわかりやすく解説①
こんにちは、かなこ(@MinmachiBuho)です。 みなさんは障害とはなんだと思いますか?Googleで「障害」と検索すると、発達障害・知的障害などといった具体的な症状を指す障害の名称を見つけることが出来ます。 ...

 

今回は、日本でも福祉大国として有名な北欧におけるモデルのご紹介と、社会モデルの意義と限界について説明していきたいと思います。

障害をモデルで見ることにどんな意義があるの?

なかむら
かなこ

それは、障害学という学問を終わらせるためなんだよ

北欧の関係性モデル

北欧と言えば幸福度が軒並み高く、高税金・高福祉の国!ということでお馴染みではないでしょうか。そんな北欧諸国で適応されているのは障害の社会モデルではなく関係性モデルというものです。

 

関係性モデル?何と何の関係?

この北欧モデルを理解するためのポイントは

  • ノーマライゼーション
  • コミュニティベースド
  • 専門家重視

という3点が挙げられます。

 

まず関係性モデルとは:障害というのは個人が持っている機能と周囲の環境による関係性(そこにギャップがあるため)により生じる、という考え方です。基本的には障害の社会モデルの原則とさほど変わりません。が、イギリスとは取っている方法論が違います。

北欧では、「障害がある人でも普通に暮らせること」を重要視しています。これをノーマライゼーションといい、その実現のために福祉のマンパワーを大量に導入し、障害者が隔離されずに地域コミュニティの中で生活できるようバックアップ体制をつくっています。

 

(余談ですが、スウェーデンではこの福祉職を国家公務員として傭員することにより男女の賃金格差・就業率が改善し、少子化が好転したという話もあります)

 

イギリスでは主に政治的・経済的な不平等を改善するために、障害当事者が団体を組み活動を行ってきました。これが障害の社会モデルの始まりとなっています。一方、北欧は福祉をベースとしてなりなっているため、障害当事者団体の活動は目立たないようです。この違いは面白いですよね。

↑日本の障害学を学ぶならコレ!

障害の文化モデル

これはオマケ情報ですが、障害の考え方の中には文化モデルというものがあります。これは主にアメリカ合衆国で形作られてきたもので、障害者に対する偏見や差別は文化的な情報を背景にして成り立っている、というものです。

  • 障害者は可哀そう
  • 彼らは保護すべき弱い存在

そういった考え方をメディア等を通して再生産・強化していくことにより、障害者の廃絶が起こっているという考え方ですね。日本でも、24時間テレビを「感動ポルノ」と批判する声も聴かれます。このようなメディアによる偏った情報により、障害者と非障害者の間に壁が出来、それが就労や就学、生活の中での生きづらさに通じている、という理屈です。

この理論を逆手にとって、積極的な障害者アート等も生まれてきました。

多様性考えるダンスバトル 多国籍の障害者ら演技(2019年9月11日配信『朝日新聞』) - 障害福祉&平和ニュースサイト
障害福祉に関する最新ニュース投稿

障害を隠したり乗り越えるのではなく、活かす。そのような取り組みの中から障害者というアイデンティティをポジティブに作り上げていく。そんな運動も盛んに行われています。草の根レベルでの偏見を取り除き、インクルーシブな社会をつくるため、非常に重要な考え方になります。

 

一方で、文化モデルによる取り組みだけでは、政策上の隔離や抑圧に対しアプローチがかけられないという側面もあります。

社会モデルは分析ツールではなく”武器”

さて、色々なモデルを紹介してきましたが、なんでそもそも障害者に対する問題を考える際に、このようなモデルが必要なのでしょうか。

なぜ障害が生じるのかを研究するため?
障害者が差別されている現状を分析するため?

実は、障害の社会モデルは、その考えを生み出した「障害学」という学問そのものを終わらせるために存在しているんです。

 

学問を終わらせるために学問をしているの?

障害学が障害の社会モデルを考案した理由は、障害者が抑圧されている状況を打破、改善し、差別や不平等をゼロにするためです。そのためにどう行動するべきか?どこにどのようにアプローチするべきか、合理的な道筋を示すために使われる、いわば武器のような存在です。

そのため、障害者に対する抑圧が社会からなくなる日が来れば、障害学という学問自体も必要なくなるのです。そのために、障害当事者の活動家や研究者、そのサポーターである非障害研究者も日々活動しています。

 

社会モデルにおける”限界”と”今後”

さて、あたかもパーフェクトなように説明してきたこの障害の社会モデルですが、実践の中でまだまだ改善の余地があると考えられています。その中の一つに「機能障害が引き起こす心の痛み(Phycho-emotional effect)」が挙げられます。

 

たとえば進行性疾患の場合、今まで出来ていたことが出来なくなっていくつらさ、恥ずかしさ、出来ないことで注目を浴びてしまうことへの抵抗感などがあります。また、疾患の進行による死への恐怖などももちろん要素のひとつです。

自己などによる身体機能の損傷や、身体の一部分自体の喪失など、失ってしまった痛みもそうですが、どんなにサービスにアクセスしやすくても、職場やコミュニティの中で差別を受けるようなことがなくても、それ自体が心へ与える影響というものは、社会側の変化だけでは対応しきれません。

 

もちろん、ルッキズムなどの社会的文化が背景となって痛みが生じていることも考えられます。「〇〇が出来なければ生きている価値がない」そういった社会構造の中で心身機能障害を負うということは、非常にリスキーです。そういう点では社会モデルでも適応するべき点ではあるのですが、それだけでは大事なことを見落としてしまいます。

さらには社会の中での人間関係や他者との信頼、役割を担っているかなど、障害の有無にかかわらず生活を豊かにするポイントはありますね。

↑我がLeeds大学の障害学の始祖、コリン・バーンズの代表作です。名作です。

社会構造の変化により、アップデートが必要

障害は社会構造の中から発生する、ということは、テクノロジーの進化等により社会構造自体が変わる場合には、障害の現れ方にも変化が生じる可能性が大きいです。

例えばテクノロジーの進化によって身体が動かなくても脳波だけで機器が操作できるようになるかもしれません。そうなったときに、一体誰が障害者になっていくのか、今は誰にもわかりません。

https://twitter.com/MinmachiBuho/status/1180226734102323200?s=20

さらに、今後AIの発達によって政策決定がマスデータを利用して”機械的に”行われていく可能性もあります。そうなったときに、マイノリティーである障害者の意見はマスの中で排除されてしまうかもしれません。

社会モデルは、社会の進化に合わせて共に変わっていく必要があるのです。