【経済と障害】競争社会とつくられた「障害」の関係性

インクルーシブ

こんにちは、かなこ(@MinmachiBuho)です。

 

以前、「障害者と資本主義」の関係性について解説しました。

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本日はこちらをより詳しく解説していきたいと思います。

ポイントは

  1. 競争主義の根本は人間の「Commodity(商品)化」である
  2. 資本主義の拡大によって、医療も発展した
  3. Social Darwinistと労働市場からの排除

資本主義やマルクス主義の考え方はあくまでも経済をベースにした話で、障害とは直接つながりません。一方障害学の中では、「マルクス主義」を現代社会に起きている問題を分析するためのツールとして利用しています。また、この考え方は障害に特化したものではなく、現在の新自由主義の中で生きる我々一人ひとりに大きく影響するものといえます。

 

なかむら
かなこ

簡単にいうと、障害者の労働問題と、社畜・ブラック企業・女性の労働問題は同じ理論の中で繋がっている現象ってことだね

1. 過剰な競争主義と人間のCommodity化について

労働に荘園制や産業革命が巻き起こる前までは、家族経営の労働であったり、農業労働のなかで障害者は「出来ることを出来るだけ行う」という形で包括されていました。

もちろん差別がなかったわけではなく、「神からの罰」や「前世の行いのせい」といった迷信などにより迫害はされていたと考えられています。しかしながら障害者は特別な存在ではなく、”貧困層”というグループにまとめられていたようです。

 

しかし、産業革命が起こり労働の形が大きく変化したことを皮切りに、労働が画一化され、私たち労働者に求められる要素も同時に紋切り型になりました。つまり、一定ラインのタスクをこなせることが、労働者の最低要件になったのです。さらに農村部から都市部への労働の集中により、通勤という移が必須となりました。これにより、オールラウンドな業務を行えない労働者、または移動に制限がある労働者は労働市場のメインストリームから疎外されるようになっていったんですね。

そこから、労働に適さない者を障害者とラベリングし、隔離することが奨励されるようなっていきました。

2. 医療の発展、専門職の膨張につながる

上記で解説したように、労働に適さない障害者は施設に隔離されるようになりました。様々な症状を持った障害者が一か所に集められるようになったことで、障害にまつわる研究が進みました。

例えばダウン症の発見や、精神疾患の鑑別などが出来るようになったのもこの頃のようです。

 

疾患の研究が進んだことには良い側面もある一方で、Specialismという障害者への治療を生業とする専門職の権限が大きく膨らむ時期となったのも事実です。私の職業である理学療法士を含めた医療職が、障害者本人の行動をコントロールすることが当たり前になった時期ですね。これが、障害の個人モデル(及びメディカライゼーション)の確立に大きな影響を及ぼしています。

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また、施設に隔離された障害者をケアするのはチャリティー団体等の役割となっていったわけですが、その団体には障害当事者は含まれておらず、非障害者による支配という構造が徐々に強く出来上がっていきました。

そのチャリティー団体も公金で運営を行うなど、障害者へのケア(本人のニーズは関係なく)自体が資金を得る”方法”として確立されたんですね。

そして新自由主義、格差の拡大へ

新自由主義といえば今我々が生きるこの社会、つまり貧富の差が激しい格差社会です。経済的格差が大きい社会では、障害者などに対し公金から助成金を出すことへの批判が強まるというのが既にわかっています。今の日本でも、生活保護受給者への批判が強く聞かれますよね。

 

このように障害者を含めた非労働者への公的資金の出資に反発が強まると、障害者認定自体の規制も強くなり、障害者であることのスティグマがより一層悪質になるという悪循環に入ります。

さらに、利益が出づらい障害者施設の運営自体も難しくなる箇所が増え、人件費削減のため職員は低賃金となり、かつ低スキルと見なされるようになるんです。

Social Darwinismと労働市場のメインストリーム

ダーウィンの進化論というのを聞いたことがありますよね?ヒトも昔はサルであったものの、より良い生物へと進化を遂げてきたというやつです。

この考え方を文明社会にも当てはめようというのが、Social Darwinism(社会進化論)です。この社会で生きる限り我々人間は良くよく進化していくべきであり、そのためにはより生産性のある人間が生き残るべきである、という考え方です。

一見理論的なような気さえしてしまうね

しかしこの考え方は優生学の理論にも根付いており、悪名高いナチスのホロコーストとも通じています。

より労働でき、生産できるほど偉い。そうでないものは排除して、労働市場のレベルをどんどん上げていきましょうということですね。

なかむら
かなこ

多文化国家では人種差別にもつながる考え方でもあるよ(例:白人が一番賢い)

ここまで聞いてお気づきかと思いますが、実は現代日本の労働市場でも同じような現象がみられます。より長時間労働が出来るほど、転勤などに応じられるほど、休みなく勤勉に会社の方針に従うこと が労働者において何よりも重要な要素ですよね。そのため産後の女性は労働市場から排除されることも多くなってしまいますし、長時間労働を強いられる男性も必然的に増えていく…そんな現象の下地になっている考え方です。

物質主義からの転換

いかがでしょうか、「まぁより労働力・生産性の高い人が評価されて優遇されるのは当たり前じゃない?働かざる者食うべからずっていうし」という考えがチラっとでも浮かびませんでしたか?正直言って、私は浮かびました。

今を生きる人間のほとんどが資本主義、新自由主義、競争主義の文脈の中で成長してきて生きています。つまりそれが当たり前となっていますが、人間の長い歴史の中で資本主義が宗教のように扱われるようになったのはごく最近の話です。

 

しかし、育ってきた環境というのは「当たり前」のものなのでその異常性や問題が見えづらいんです。働かざるもの食うべからず、それは私たちの文化だからこそ成り立つ常識なんですよね。

 

現在では、物質を売る時代は終わってきたといわれています。ディズニーランドでは感動やホスピタリティといった唯一無二の経験を提供していますし、スターバックスでは顧客は落ち着きや「禅」の感覚を楽しむことが出来ます。

このように、物質のやりとりから、「感情を生み出し、やりとりする」といった労働形態へ徐々に変化してきているんです。それにより、工場では働くことが出来なかった身体障害者が労働市場に参画できる可能性が出てくるとともに、コミュニケーションに障害を持つ人は労働市場から排除されるかもしれません。

 

障害というのは心身の機能の問題ではなく、社会、特に経済との関係性が非常に色濃い現象なんですね。そのため経済状況が変わる毎に、障害の種類や定義も変わっていくと予想できます。