【障害と人権③】障害児の人権について考えてみた

インクルーシブ

こんにちは、かなこ(@MinmachiBuho)です。

子どもの権利について聞いたことがありますか?1989年に国連において「子どもの権利条約」が採択され、日本は1994年に批准しています。では、障害児の権利についてはどのように考えられているのでしょうか?

「子どもの権利条約」に続いて、「障害者の権利条約」が2006年に採択されました。その第7条に”障害のある児童”という項目があり、以下のように記載されています。

  • 締約国は、障害のある児童が他の児童との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を完全に享有することを確保するための全ての必要な措置をとる。
  • 障害のある児童に関する全ての措置をとるに当たっては、児童の最善の利益が主として考慮されるものとする。
  • 締約国は、障害のある児童が、自己に影響を及ぼす全ての事項について自由に自己の意見を表明する権利並びにこの権利を実現するための障害及び年齢に適した支援を提供される権利を有することを確保する。この場合において、障害のある児童の意見は、他の児童との平等を基礎として、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。(参考

 

なぜわざわざ障害のある児童という項目が付け足されているの?子どもは子どもで変わりないのに?

この背景には、障害児は子どもに対する援助や保護のメインストリーム(主流)から外されてきたという課題が潜んでいます。今回は、「子どもの権利条約」ならびに「障害者の権利条約」それぞれから、障害児に関わるポイントを抜き出して解説していきます。

「子どもの権利条約」の重要ポイント

まず、「子どもの権利条約」の中で、全ての子どもに守られるべき権利として挙げられているこれらの大原則があります。

  • 生存及び発達する権利
  • 子どもの利益が守られる
  • 自由に意見を表明し参加する権利

そして、差別の禁止です。(すべての条文が見たい方はコチラ

発達という部分は、体の成長が保障させるだけではなく、認知面や感情、そして社会的な発達の保障も含まれています。ユニセフによれば、この条約が採択されて以来、5歳未満の子どもの死亡率や児童労働を強いられる子どもの数は減少してきています。しかし、このような恩恵に全ての子どもが預かれていないのもまた事実です。

「子どもの権利条約」が見落としているのは?

 

2007年にThe International Disability and Development Consortiumが作成した報告書によれば、発展途上国に住む障害児のうち98%が教育を受けることが出来ず、97%がリハビリテーションなどのサービスを受ける機会を持っていないとされています。

このように、少数民族や障害児など、社会的マイノリティーはそもそも「子ども」として見なされず、彼らが学校に行けなかったりするのは子どもの問題ではなく民族や障害等の別の問題にすり替えられていることが多いのです。さらには、公的機関に彼らの存在時代が認識されていないという場合もあります。その理由として

  • 医療の発展していない途上国では身体障害のある子を救済できていないため、数が少ない
  • 家族に存在を隠されている場合がある
  • 障害の個人モデルが顕著に強く、医療施設等に隔離されている
  • 公的機関や周囲の人間の知識不足(偏見や誤解含む)

等があると考えられています。

日本ではどうだろう?

発展途上国における人権侵害の例を紹介しましたが、では我々が住む日本ではどのように子どもの権利が扱われているでしょうか。教育や医療については、日本では義務教育や医療保険のシステムが整備されているため、途上国のような状態はありません(昔は就学免除というものがあり、障害児は教育が受けられないという時代もありましたが)。

では、障害児の権利はすべて満たされているといえるでしょうか?以下の点から少し一緒に考えてみましょう。

聴かれる権利

子どもの権利の重要なポイントとして紹介した「自由に意見を表明し参加する権利」があります。これは、単に子どもが自分の意見を述べられるような機会を与えようねということではなく、子ども本人の意見を十分に考慮した支援やサポートを行いましょうという意味と考えてください。英語では、Self-representationと表現することもあります。Representationというのは何かを代表して表現するというような意味がなので、Self-representaionは自分で自分自身を代表するというようなイメージといえます。つまり、子どもの意見を大人が解釈・代弁するのではなく、対等な立場でしっかりと受け止め、様々な選択を行う際に取り入れましょうということです。

こう考えてみると、現状ではなかなか障害児の権利が保障されているとは言い難いことがわかります(もちろん日本だけの問題ではなく、国際的な課題です)。特に知的障害や重度重複障害があるような場合には、子どもが自身の言葉で良しを表出することが難しいことが多く、大人はそれを推察して代弁する必要に迫られるからです。

この矛盾を解決するための手法はまだ確立していません。障害児に関わる大人はこの権利の存在と意味を理解し、しっかり胸に刻んでおく必要があるのだと思います。

遊ぶ権利

これは「子どもの権利条約」第31条に記されています。子どもたちはレクリエーションに参加したり、自由に遊んだりすることが権利として保障されています。これは大人の人権と大きく異なる点です。

しかし障害児の場合には、レクリエーションやスポーツに定期的に参加している割合は非常に低く、週3日以上頻繁に行っているのはわずかに15%程度とされています(参考)。この理由として、子どもの障害特性に対応したサービスが存在しないことや、移動に対するハードルが高いことによる家族の送迎等の負担が挙げられています。

このように、社会的・物理的バリアー等によって、障害児の遊ぶ権利は常態的に侵害されているといえます。

まとめ

今回は人権シリーズ第3弾、障害児の権利についてまとめてきました。子どもの人権という概念は非常に難しく、保護しすぎてもしなさすぎても問題になります。

子どもに関わる大人は、この機会にぜひ子どもの権利について目を通してみて下さい。